ちょっと、人生の休憩を入れてる間に、小説でも書いてみようと、3時間くらい集中して取り組みました。
やっぱなかなか難しいですね。
情景は映画のワンシーンのように思い浮かぶのに、文字に起こすと難しい。
まぁ全然まだエピローグしか出来てませんが、頭の中ではラストシーンまである程度できてます。
では、エピローグを少々。
タイトル
「バタフライジャンキー」
第一章〜エピローグ
「八城」
気が付くと酷く疲れていた。
焼けるように喉が痛い。
冷たくザラついた感触が、地面と接触している右頬から伝わってくるのが分かった。
息をする度に、何か細かい粒子が鼻孔にまとわり付く。
それと同時にカビ臭い匂いがするが、考える間もなく、この匂いはコンクリート粉の匂いだと思った。
今俺は、どこかのコンクリー上で、うつ伏せに倒れている。
明らかに日常と違う状況に、全神経が拒否反応を興しているが、横たえた体は鉛のように重く、まるで自由が利かなかった。
そう思った瞬間、得体の知れない恐怖が覚醒するのを感じた。
コンクリート粉のカビ臭い匂いに混じり、鼻の奥で錆びた血の香りがする。
これまで何度となくヤバイ橋を渡ってきたが、こんな時に漂う血の香りは、最悪の時にしかしない死臭だ。
殺される時の匂いだ。
ここはどこだ?俺はなぜこんな所にいる?疑問は止め処なく溢れてくるが、昨日からの記憶がまったくなかった。
落ち着け。
そう自分に言い聞かせた。
まず冷静に現状を把握しろ。
五感を働かせ、慎重に外気の感触を確かめろ。
そして、体に伝わる空気の質を吟味し、素早く全体を見極めろ。
精神を集中し、心眼を澄ました。
薄く張り詰めた空気と、重い静寂を感じる。
いや、今ようやく気が付いた。
音だ、音がする。
意識の深底で、聞きなれた単調な音がする。
その音は徐々に鮮明な機械音となり、遥か彼方の記憶と現実がシンクロした瞬間、これは自分の携帯電話の着信音だと気が付いた。
そして突然、爆発するかのように、これまでの事がよみがえった。
思い出した。
俺は昨日の夜から此処にいる。
どこだか分からないが、倉庫のような広い場所だ。
そして、気絶するほど酷く拷問されている。
意識が朦朧として体の自由が利かないのは、パイプイスで殴られ、さっきまで気絶していたからだ。
脳がフラッシュバックした途端、悪寒がした。
頭が重く熱い。
あらゆる現実が次々重なり合い、まるでジグゾーパズルのマスを一つ一つ埋めるかのように、昨日からの出来事を理解した。
体に刻まれた耐え難い恐怖が、衰弱した精神を圧迫し、気が狂いそうになる。
その思いを察知するかのように、携帯電話の音がこちらに近づいてくるのが分かった。
まだ神経が鈍感なのに、体が硬直して異常に緊張しているのは、コンクリートの床に反響していた足音が、突然目の前で止まったからだ。
「石丸、起きんかい」
地を這うような重厚な声。
その声の主が、赤流会の若頭、「八城実」だという現実が、まだ曖昧な意識を完全に覚醒された。
この関西弁のヤクザ者に、昨日から何度も罵倒され殴られ続けている。
明確になる意識の中で、蓄積された憎悪と恐怖が脈打ち、心臓がドドドドドドと息吹くのが聞こえる。
血と汗で汚れた顔をシャツの袖で拭いて、目を開けた。
パイプイスで殴られた瞼が腫れて、恐ろしいほどに視野が狭い。
「おい、電話やでろ」
八城は少ししゃがんで、目の前に携帯電話を置いた。
「ええな、普通に話せよ、いらんこと言うたらもう二度と携帯電話握れんような体になんど」
耳元で囁く声に条件反射して、冷たいコンクリートの床から初めて顔を上げた。
目の前の八城は、白髪交じりの坊主頭には不釣合いな童顔だが、無表情なのに雄弁な、本物のヤクザ者だけが持つ顔をしている。
鼻から、生暖かい血が滴り落ちるのが分かった。
「着信履歴に酒井ってでとうぞ、仲間か?」
酒井は携帯電話のメモリにだけ使っている偽名だ。
本名は「藤本純一」俺が今こうして拷問されている原因を作った仲間の一人だ。
「いや、会社の後輩です」
勿論デタラメだった。
藤本とは、ほんの二ヶ月前に会ったばかりだ。
「ほんまやろな?まぁええわ、適当に話して切れいや」
容赦のない冷酷な口調に、今自分に起きている絶望的な現状をリアルに実感した。
「その前に、水を一杯もらえませんか?」
本心だった。
肉体も急激に現実に引き戻されていた。
喉が渇いて焼けるようだ。
それに、少しでも時間稼ぎをしたかった。
出来る事ならこの電話にはでたくない。
藤本、早く電話を切れ!心の中でそう叫んだ。
「あかん、先電話にでんかい」
口調は穏やかだが、その声にはヤクザ者特有の有無を言わさぬ圧力がある。
瞬間、昨日の耐え難い拷問を思い出した。
内臓に虫が這うようだ。
吐き気がする。
従うしかなかった。
携帯電話を取り、通話ボタンを押した。
肩に鈍い痛みが走る。
折れているかもしれないと思った。
「もしもし、石丸さん?」
藤本のカン高い声が聞こえた。
明朗で若々しい口調が、まるで別世界の言葉のように聞こえる。
昨日の夜まで同じ部屋で笑って酒を飲んでいたのに、この余りにかけ離れた現状の違いに、急激に心が折れていくのを感じた。
「なんですか?ずっと圏外やから心配しましたよ、二日酔いですか?」
怪しまれないように自然に言葉を返しながら、何とか今の現状を伝える必要があった。
しかし、この究極的な空気の中、どうしても良い言葉が見付からない。
焦っていた。
その圧迫感に負けて、一瞬だけ八城を見た。
何もかも見透かしたような眼光の奥に、飯を喰うように人を殺す修羅の影が見える。
しかし、八城は何も言わず、ただ見ていた。
限界だった。
「ちょっと今忙しくてな、またかけ直すよ」
そう返すのが精一杯だった。
もう何も考えられない。
死臭が心臓音を加速させる。
「あの、大丈夫ですか?」
優しい声だ。
急に感傷的な気分になり、自分より10歳以上も若い藤本に、「頼む!今すぐここから救い出してくれ!助けてくれ!」そう、叫びそうになった。
その言葉を辛うじて呑み込ませたのは、ある一瞬口調に微妙な間があったからだ。
それは本当に僅かな気配だったが、明らかに何かを感じ取ってくれたと確信した。
「あの、なんかちょっと今しんどそうですね?またかけ直しますわ、それと桜は満開でしたか?もし満開なら7時に夜桜で」
最後の言葉には、俺達だけの暗号が隠されていた。
八城にこの会話は聞こえていないだろうが、何か察知されていないかと気になった。
しかし、もう一度八城を見る勇気はなかった。
とにかく当たり障りのない事を話し、早くこの電話を切らなくてはならない。
俺は咄嗟にこう言った。
「7時はダメだな、今日は中止しよう、それと、桜は散ってたよ」
今度は少し長い間があった。
「........なるほど分かりました、じゃまた改めて電話しますわ」
藤本の声が遥か彼方に聞こえる。
「またな」
そう言ったが、もう二度と会えないかもしれないと思った。
肩の痛みに耐え切れず、震える手で通話ボタンをオフにした。
本当に何もかももう限界だった。
折れてるのは心の中だけでなく、肩骨も完全に折れてるようだ。
その空気を感じ取ったのか、間髪入れず八城の手が伸びて、辛うじて握っている携帯電話を荒く奪い取った。
「後輩はなんちゅうたんや?」
そういわれて、ようやくもう一度八城を見た。
八城は、聞いておきながらまるで興味がないように、こちらに一瞥もくれず、携帯電話をいじくっている。
その姿を見た瞬間、通話をそのまま録音できる、簡易ボイス録音機能を思い出した。
なるほど、それでこの状況の中わざと通話させたのか。
止め処なく汗が流れていた。
慎重に言葉を選びながら、なるべく自然に答えた。
「今日会社の後輩たちと花見の約束してたんですが、行けそうにないので、、、、、、。」
初めて、八城は笑った。
「なんで行けそうにないんや?」(笑)
携帯電話を耳に当てながら、おどけた態度で話す姿に虫唾が走る。
この男は、本当にヤクザになるために生まれてきたような男だ。
人間の弱らせ方を熟知している。
だめだ、悪寒が止まらない。
録音した内容を確認したのか、携帯電話をスーツの内ポケットにしまい、それまでとは違う篭った声でこう言った。
「ところでお前、どこで花見する気やったんや?」
不意打ちを喰らわせる言葉だ。
本当に花見をするわけじゃない。
これは、俺達の暗号だ。
ましてや、二日前に東京から出てきたばかりの俺が、どこに桜が咲いてるかなんて知る由もない。
どうすればいい?駄目だ、もう駄目だ。
めまいがする。頭が痛い。喉が渇く。体中が熱い。
どうでもいい。
もうどうでもいいと思った。
俺は、鼻の奥で固まっている血を吸い込んで、精一杯の声で言った。
「花見の場所聞いてどうすんだ?一緒に行くか?ホモかお前?」
八城の眉毛が少し動いたのが見えた。
そして、何かを諦めたように大きく溜め息をついた瞬間、焦げ茶色のフェラガモの靴が、脇腹に深く減り込んだ。
胃液が逆流するのが分かる。
息が出来ない。
涙と汗で霞んだ視野に、パイプイスを振り下ろそうとする影が見える。
その影は、笑っているように思えた。
背中に冷たいモノが走る。
そして、つくづく思った。
なぜこいつの存在を意識していなかったのだろうか?と。
残忍なのに冷静で合理的、大胆な行動力と緻密な計算。
これほどのヤクザ者を、なぜ今回の仕事のキーパーソンとして捉えていなかったのだろうか?。
いや、初めて八城に会った日、直感的に嫌な感じがした。
なのに大金に目がくらみ、その直感を無視してしまった。
勘違いだと、都合のいいように思い込んでしまった。
後悔してもしきれない。
パイプイスが顔面に振り下ろされた時、痛みはなかった。
また、意識が遠のくだけだ。
薄れ行く意識の中で、初めて八城と会った日の事を思い出していた。
それは二日前の深夜、神戸に着いたその日の事だった。
第一章〜エピローグ
「八城」完。
第二章
「神戸へ」に続く。